福島家庭裁判所 昭和41年(家イ)176号 審判 1966年8月11日
申立人 大森ヤス(仮名)
相手方 大森登(仮名)
主文
申立人と相手方とを離縁する。
理由
本件申立の要旨は、申立人は相手方と昭和三四年八月七日養子縁組の届出を了し、相手方の養子となったが、相手方には次のような事由があって縁組を継続することが出来ない。
一、申立人は昭和三三年秋頃から相手方と同棲していたが、相手方は現代の結婚のモラルは避妊が公けに認められたことにより、恋愛は自由になったので性関係と結婚とは別問題だ、商売上の都合で養親子にしておきたいと養子縁組をすることを勧めるので申立人もこれに応じ相手方を養親、申立人を養子とする縁組届出をした。然し、その後相手方と生活を共にしているうち、縁組の理由について、相手方がこれを為した所以が下記のような意思によるものと忖度されてきた。即ち、相手方は所謂富山の薬売りであって、申立人と同棲するようになってから、一〇日に一日しか働かなくなったばかりか、仕事の計画を練ると称して空想に耽り、その空想は女性と性交渉を持ち、夫々養子縁組を為して働かせ、その女性に逃げ出させないようにすることや、或は、若い男性を雇う場合は、申立人がその雇人に肉体の奉仕を為し、その男性の転職を防ごうとすることに発展し、遂に申立人の要求を斥け、縁組の届出を為さしめたものと思われる。その計画のためか、相手方は同三五年頃川上清子と称する女性と関係を持ったことがある。
二、申立人は同三八年三月頃から相手方と別居しているが、その理由は、その頃相手方から、商売を拡張するため若い男を三、四人雇い入れたいがこんな田舎には人が集まらないから肉体のサービスをして貰いたいと云われ、申立人としては、相手方の常人と異なる言動から考えて今後どんなことになるか判らないと思い、相手方に無断で家を出たものである。
三、相手方は、申立人との同棲後二年位たってから、申立人に対し乱暴狼籍に及ぶことが目立って多くなったが、そのうち日時まで記憶している暴行事件について、下記のような事実がある。即ち同三六年夏頃、申立人が相手方の継母の着物を縫っていたところ、相手方は、そんなことをする時間があったら仕事をしろ、と云って殴る蹴るの暴行を加え、そのため鼓膜を破られ、通院加療したことがある。又同年秋頃睡眠中いきなり頭から冷水をかけられたことがあったが、それは相手方が空想に耽り自分の思う儘に考えが進まなくなって逆上した結果らしかった。その外相手方からその知合の女性に手紙を届けるように云われ、これを断ったため非常な乱暴を受けたことや、申立人を仕事に駆り立て、何かというとすぐ殴る蹴るの暴行に出る等、相手方の乱暴狼籍は枚挙に暇がない。
以上のような事由は、申立人が相手方と養子縁組を継続し難い重大な事由に該当するものと云うべきであるから本件申立に及ぶ次第である。と云うにある。
そこで、家庭裁判所調査官の昭和四一年七月七日付調査報告書、当庁同四一年(家イ)第四三号養子縁組無効調停事件(不成立)家庭裁判所調査官の同年二月一六日付調査報告書、同事件の筆頭者大森登の戸籍謄本によると、当事者双方は、昭和三四年八月七日相手方を養親とし、申立人を養子とする養子縁組届を為し、その旨戸籍に記載されたこと、申立人は、同三三年秋頃から相手方と同棲し、右縁組当時も同様であって、縁組の経緯についても申立人主張の通りであることが認められる。
尤も、同棲中の者の養子縁組については、公序良俗上、はたまた縁組の意思の上から、その効力について疑問がないわけではないが、前記無効調停事件の福島地方法務局から取寄にかかる当事者双方の養子縁組届書によると、双方は夫々署名押印しておるので、親子関係を生じさせる意思で養子縁組届を為したものと云うべく、同棲中のゆえを以てこれを公序良俗違反とも解し難いし、又他にこれに反する証拠も明白でなく、当事者も、成立した縁組の解消を争うので、本件養子縁組はこれを無効のものでないと認められないわけではない。そして前記同四一年七月七日付調査報告書、相手方に対する家庭裁判所技官の検査結果報告書によると、
(一) 相手方は所謂富山の薬売りであって、申立人と同棲するようになってから余り働かなくなったばかりか、仕事の計画を練る、と称して空想に耽っていたこと、その空想は偏執症に基因するものであり、被害追跡、色情の各妄想を逞しくし、思考湧出、就中企業に関することのそれが多く、且つ思考が現実から遊離していること、
(二) 申立人は、同三八年頃相手方と別居したが、その理由は、その頃、相手方が申立人と同棲中なのに拘らず商売を拡張するため若い男を三、四人雇い入れたいが、こんな田舎には人が集まらないから肉体のサービスをして貰いたいと云われたことであること、
(三) 相手方は、同三六年夏頃申立人が相手方の継母の着物を縫っていた際、そんな時間があったら仕事をしろ、と云って、殴る蹴るの暴行を加え、そのため鼓膜を破られ通院加療したことや、同年秋頃睡眠中突然頭から冷水をかけられたことがあったこと、
等が認められる。
その上、上記認定の(一)乃至(三)の事実前記同四一年七月七日付調査報告書に相手方本人審問の結果により認められる、相手方が申立人と養子縁組をした理由は、営業上の後継者をつくる目的であったこと、現代の結婚の理念やモラルが変って愛情と結婚とは別と考えていること、相手方は調停の席上でも右と同様の答弁をして縁組を維持しようとしていること等から綜合すると、
(四) 相手方は性交渉を持った女性と養子縁組を為し、特異な偏見的理論を弄んでその女性を養子として束縛して家業に専従させ、或は若い男性を雇う場合は養女をして、その雇人に肉体の奉仕を為さしめて、その男性の転職を防ごうとするものであること、
が推認来出ないわけではない。
然して、上記認定の(二)の事実は、申立人に対し堪えることの出来ない苦痛を与えこれに重大な侮辱を加えるものであり、又認定(三)の事実は申立人を虐待するものであり、次に、上記認定の(一)及び(二)(三)等の事実から推認される(四)の事実は、民法の本旨とする。子のため、の縁組の趣旨が全然含まれていなく、専ら養子を、養親のため、に喰いものにしようとするものであり、養子の基本的人格の否定無視であって、以上の各事実は、まさに、民法第八一四条第一項第三号の縁組を継続し難い重大な事由であると云うべきである。
それで、当裁判所は調停委員の意見を聴き、前記経過のもとにおいては当時者双方の離縁の審判を為すことが相当と思われるので、家事審判法第二四条に則り主文の通り審判した。
(家事審判官 早坂弘)